弦の音色が引き出した
くるり岸田繁の名曲の数々

 日本のロックバンド、くるりの7枚目のアルバム『ワルツを踊れ』。このアルバムは、2009年2月現在でのくるりの最新のアルバムであり、彼らの最高傑作である。全13曲の豊穣な世界は、音楽の流行り廃りの波になど微動だにしない、燦然たる魅力を湛えている。


 くるりの音楽は多彩だ。例えば初期にはオーセンティックなギターロックを奏でる『さよならストレンジャー』(’99)や、よりアバンギャルドな『図鑑』(’00)があるが、3枚目『TEAM ROCK』(’01)では打ち込み音やサウンドエフェクトなどを大胆に取り入れて新境地を開拓し、続く『THE WORLD IS MINE』(’02)では、さらにそのエレクトロニカ路線を強く押し出した。そのまま電子音楽カラーが続くかと思いきや、外人ドラマーがメンバーに加入して(後に脱退)作られた『アンテナ』(‘04)ではギターロックへと回帰し、よりハードなバンドサウンドへと進化を遂げる。

 ロックを基盤にしながらも、非ロックにまで重心をずらしてしまう、その自由奔放で豊かな音楽性には、リリースのたびに驚かされてきた。なかなか一筋縄では括れないのがくるりのおもしろいところである。


 『ワルツを踊れ』のレコーディングはウィーンとパリで行われた。場所柄なのだろうか、ほぼ全編にわたってストリングスによるアレンジが施され、これまででもっともクラシック的な感性の強いアルバムだ。

 岸田の書く歌詞の魅力は、日常のなかのごく小さなワンシーンを切り取ったような、都市生活者的でミニマムな世界観だ。時にシュールで、時に皮肉たっぷりな独特の“岸田目線”は、ある意味ではスケールの大きなストリングスの音とは対極にあるように見える。

 だが岸田にはもう一つ、名曲<ばらの花>に見られるような、叙情性と物語性に富んだ楽曲群を生み出す、優れたストーリーテラーとしての魅力がある。ストリングスアレンジは、岸田のこの資質と非常によくマッチした。

 名もなき少年を主人公にした<ブレーメン>や、別れの切なさを歌う<ジュビリー>、恋人と過ごす時間を時計の針の音で描く<恋人の時計>などは、まさにその好例である。素朴な楽曲と、ヴァイオリンやヴィオラ、チェロといった古典楽器の音色との混交が、時間も国境も超えうる普遍的な美しさを生んでいる。
 

 もちろん収録された13曲全てが大好きなのだけれど、もっともガツン!ときたのは2曲目の前述<ブレーメン>である。1曲目の<ハイリゲンシュタッド>はインスト曲なので、このアルバムの実質的な幕開けはこの<ブレーメン>から。歌詞を読むととても暗い歌なのだけれど、それ以上にとにかく美しい曲で、このままNHKの「みんなのうた」に含めてもいいほどのタイムレスな名曲だ。

 後半に進むにつれて、より日常的でささやかな風景を歌う曲が多くなるのだが、ラストに再び<言葉はさんかく こころは四角>という、これまたシンプルだが叙情的な名曲が収録されている。

 <ブレーメン>に始まり<言葉は〜>で締めくくる、という構成には『ワルツを踊れ』というアルバムが持つピュアネスが端的に表れており、この美しさは、ビーチボーイズの『ペット・サウンズ』(‘67)にも匹敵するのではないかと思うのだが、これは言い過ぎだろうか。

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