「ドラえもん映画」は
子供だけのものじゃない

 今年で映画化30周年のドラえもん。東宝映画のシリーズものでは『ゴジラ』を抜いて最多作品記録を塗り替えたそうである。第1作『のび太の恐竜』の公開が1980年。ちょうど僕より1歳上、ということでこの公開年は忘れずに覚えている。ということはつまり、僕が生まれてからこのかた、世にドラえもん映画が作られなかった年は(ほぼ)なかったわけで、そう考えるとすごい。僕らtheatre project BRIDGEもたかだか結成10周年で浮かれている場合ではないのである。

 というわけで今回はドラえもんの映画について大真面目に語ろうと思う。

 一般的に言って、マンガやTVアニメの映画版というものは、あくまで通常フォーマットからの番外編、作品の質云々よりもファンを喜ばせるために作られる“おまけ”的存在である。事実、『クレヨンしんちゃん』や初期『ルパン三世』などのごく限られた例外を除いて、原作よりもインパクトを残した映画化作品はほぼ皆無といっていい。ドラえもんの映画版も、マンガの連載長期化とテレビアニメ化を受け、人気の高さを担保に制作された点においては、他のケースと違わない。

 だが、ドラえもんの映画はおもしろい。マンガやTVアニメの従属的な存在ではなく、それどころかむしろ映画が“主”といってもいいようなレベルの高さを誇っている。しかも安定して。ちなみに僕は通常のコミックス版は持っていないが、映画の原作コミックス「大長編ドラえもん」シリーズは持っているのだ。

 おもしろさの理由はおそらく、藤子・F・不二雄自身が映画の原作を執筆しているからだろう。宇宙や深海や恐竜時代といった壮大な舞台に、練られた謎解きや緊迫したサスペンス(ドラえもん映画は実はけっこう怖いのだ)。僕らは映画版に「TVアニメサイズでは見られなかったスケール感」をいくつも目撃するわけだが、それは「普段は描けないことを描ききってやろう」という藤子・F・不二雄自身の充実感とイコールなのだと思う。特に初期10作あたりは「あれもやりたい、これもやりたい」という初期衝動が感じられ、まるで水を得た魚のように、藤子が映画という広大なフィールドにペンを疾走させているのがわかる。

 原作者が主体的に関わっているかどうかがその映画化作品の成否を分けることは、例えば鳥山明抜きで制作された『ドラゴンボール』映画版、井上雄彦抜きで制作された『スラムダンク』映画版などの劣悪さを見れば明らかだ。残念なことにドラえもんにおいても藤子・F・不二雄の死後(『のび太の南海大冒険』以降)、映画版には妙な説教臭さや押しつけがましさが出てきてしまった。「とりあえず友情とか環境保護とかそういうテーマを入れときゃいいでしょ」みたいな、制作者の言い訳が聞こえてきそうな作品ばかりで、ひどく退屈でつまらない。原作を映画化するにあたってどんな内容のものが相応しいか、どこまでが“アリ”でどこまでが“ナシ”なのか、そのさじ加減はやはり原作者がもっともよく理解しているということだろう。

 ではドラえもん映画のなかでどれが一番おもしろいかということになると、これはもう悶絶級に難しい。『のび太の恐竜』は最高に泣けるし……『のび太の宇宙開拓史』はスケールの点では他の作品に劣るものの叙情性ではシリーズ一番だし……『のび太の海底鬼岩城』はめちゃくちゃ怖いし(鉄騎隊が怖すぎる)……『のび太の魔界大冒険』もめちゃくちゃ怖いし(宇宙に浮かぶデマオンの心臓が怖すぎる)……『のび太の宇宙小戦争』は「スモールライト」という仕掛けが素晴らしいし(主題歌<少年期>は名曲)……『のび太と鉄人兵団』はハードボイルドだし(リルルはシリーズ最高のゲストキャラ)……『のび太と竜の騎士』は舞台設定とラストのどんでん返しが秀逸だし……『のび太のパラレル西遊記』もこれまた怖いし(新聞越しにのび太パパの頭に角が見えるところが怖すぎる)……『のび太の日本誕生』はやっぱり怖いし(ツチダマが怖すぎる)……『のび太とアニマル惑星』はチッポとの別れに泣けるし(主題歌<天までとどけ>は名曲)……『のび太のドラビアンナイト』は四次元ポケットがなくなるという展開が斬新だし(主題歌<夢のゆくえ>は隠れた名曲)……『のび太と雲の王国』はドラえもんが壊れたり過去のキャラクターが再登場したりと総決算的物語だし(主題歌<雲がゆくのは>は隠れた名曲)……『のび太とブリキの迷宮』はついにのび太がドラえもん抜きで冒険をするという点で画期的作品だし(ナポギストラーの声が森山周一郎というキャスティングが冴えている)……。

 だが僕はここで『のび太の大魔境』を一番に挙げたい。1982年公開のシリーズ3作目。そしてシリーズ中もっとも過小評価されている作品でもある。確かに、恐竜時代や宇宙や深海に比べると「アフリカ」という舞台設定は地味だ。確かに、魔族や地底人や鉄人兵団に比べると「犬」というゲストキャラは呑気すぎるかもしれない。

 しかしこの映画には、もっとも素朴な形の冒険と興奮が詰まっている。子供の頃、宇宙や海の底よりも、「アフリカ」という国の方が、はるかにミステリアスなものを感じなかったか。また、宇宙人や魔法の世界の住人ではなく、「犬」というどこにでもいる生き物だからこそ、「もし言葉を解し、自分たちだけの国を持っていたら」という想像が掻き立てられる。僕は初めて『のび太の大魔境』を見た子供の頃、道端で野良犬に出会っては「ひょっとしたら…」とじっと見つめたものである。

 この映画にあるのは“日常”の匂いなのだ。「アフリカ」「犬」「夏休みどこ行こう」といった子供時分のリアリティにおいても、普段のTVアニメ版と何ら変わらないテンションで物語が始まるという点においても、この映画の物語は日常と同一地平線上にある。そして、その“いつもと一緒”なところから、やがてはアフリカの奥にある謎の国にまで“物語が拡大していく”という点で、まさに「映画化」の模範のような作品なのである。

 ドラえもんの映画はおもしろい。特に藤子・F・不二雄原作の作品は、大人になった今観ても充分おもしろい。今の子供たちが、藤子の手を離れた現在の映画版だけではなく、昔の、ちょっと怖かった頃のドラえもん映画にまで手を伸ばしてくれたらなあと思う。最新作『のび太の人魚大海戦』はただ今公開中。久々に観に行こうか、そして果たして一人で観に行くか(行けるのか)、う〜ん、悩み中です。


『のび太の大魔境』は主題歌もとても良いのだ
<だからみんなで>

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