映画『SOMEWHERE』

 久しぶりに震災以外の話題を・・・。

 先日、映画『SOMEWHERE』を見てきました。あの『地獄の黙示録』で有名なフランシス・フォード・コッポラ監督の娘、ソフィア・コッポラが監督を務めた映画です。

 華やかな生活を送るハリウッドの映画スター、ジョニー・マルコ(スティーブン・ドーフ)と、別れた妻の元で暮らしている11歳の娘・クレオとの数日間の同居生活を描いた物語。これといった事件は何も起こらず、大きな見せ場も練られた伏線も一切無い、ただ淡々と過ぎていく日常を追っていく、とても静かな映画です。

 台詞も極端に少ない。特に冒頭20分くらいはほとんど台詞らしい台詞はありません。そのかわり、登場人物の瞳の揺れや、ため息や、口元のわずかな動きといった、仕草の一つひとつが濃密で、「映画を見ている」というよりは、彼らに寄り添いながらその生活を覗いているような感覚を抱きます。

 主人公ジョニーは、フェラーリを乗り回し、毎晩のように酒と女に溺れる派手な生活を送っています。しかし、表面的な華やかさとは裏腹に、心の中では空しさを感じ続けています。

 彼は長い間ずっとホテル暮らしを続けているのですが、時折り部屋で一人になると、何もすることがなくなってしまいます。ぼんやりと煙草を吸うことくらいしか、退屈さを紛らわす術がありません(しつこいようですが、これらは全部ジョニーの仕草を通してしか窺い知れません)。しかし、台詞が少ないからこそ、彼の感じている退屈さや空しさが伝わってきます。

 もっともその虚無感は、決して切迫したものではありません。酒があれば簡単に洗い流せるし、目を背けようと思えば誰かしら女性を呼べば済んでしまう。しかし、その“差し迫っていない感じ”が、逆に厄介です。

 そんな彼の元へ、母(元妻)が家を空ける間だけ、娘のクレオがやってきます。これまでにもクレオはジョニーをたびたび訪れているので、2人で時間を過ごすことは珍しいことではありません。一緒にゲームで遊んだり、プールで泳いだり、料理を作ったりと、他愛のない父娘の生活が進んでいきます。静かに、淡々と。

 やがて、クレオはサマーキャンプに行くため、ジョニーの元を去ります。再び一人の暮らしに戻ったジョニー。しかし、何かが今までと違うことに気付きます。アルコールも裸の女も、もはや以前のようには彼を虚無から救ってはくれません。クレオの不在によって、ジョニーは初めて自分自身の空虚さに向き合わざるをえなくなるのです。

 彼は住み慣れたホテルをチェックアウトすることを決めます。車を飛ばして都会を離れ、そして、何もない田舎道の真ん中で不意に車を止め、今度は自分の足で歩き始めます。彼は、今までいた場所から、出ていこうとするのです。
 
 「ここではないどこかへ」。これは近代以来、物語が絶えず挑み続けてきたテーマです。しかしこの映画では、その「どこか」がどこ(何)なのかを描こうとはしません。クレオの元へ行くのか、俳優を廃業することを決めたのか、ただの衝動的な行動なのか、この映画はやはり何も説明してはくれないのです。何も語らず、何も指し示さず、すべては淡い余白のなかへ。

 しかし、本来「どこか」とは、淡い余白のような存在です。行き先も、道順も、そんな場所が本当にあるのかさえもわからない。今いる場所よりもさらに不幸になる可能性だってある。そもそも「ここではないどこかへ行く」ということは、一種の脱出です。脱出には、行き先のアテや、成功する保証はありません。何一つわからない。この映画の特徴である淡い余白は、実は“somewhere”(どこか)そのものだったのです。

 それよりも、脱出において重要なのは、とにかく何でもいいから外に出る!ということです。つまり、意志です。ジョニーがどれほどの強い意志を持っているかは(やっぱり)わかりません。しかし、彼はあの乗り慣れたフェラーリを捨てていくのです。それが象徴的です。

 キーを挿しっぱなしにしたフェラーリが、耳ざわりな警告音を、ジョニーの背中に向かって鳴らし続けます。それでも彼は歩みを止めません。ギュッギュッと、地面を踏みしめるようにして歩くジョニー。その姿は何かにひどく焦っているように見えます。彼を突き動かしているのは何なのだろう。幻想かもしれない“somewhere”に向かって、それでも彼を前に進ませる意志とは、一体何なのだろう。言葉にできそうで、できません。淡い余白でしか表現できない大切なものが、世界にはきっとあるのです。


『SOMEWHERE』予告編(英語)

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