たった一度会っただけの「彼」を追って
どこまでも突っ走るラブストーリー

 今敏監督のアニメ映画『千年女優』は、爽快感のあるラブストーリーだ。

 物語は、30年前に映画界を引退した女優、藤原千代子が自身の半生を振り返るという形で始まる。太平洋戦争前夜、女学生だった千代子は雪の降る学校の帰り道、ある青年と出会う。彼は警察に追われており、千代子は咄嗟に自宅に匿う。

 だが翌日、千代子が学校へ出かけている間に、青年はいなくなる。特高に隠れていることがばれたのだ。千代子は彼に一目会おうと駅へ向かって走る。息を切らしてホームに駆け込む。彼の乗り込んだ列車は動き出したところだった。千代子は列車を追う。が、追いつかない。

 千代子の脳裏に、昨夜交わした彼との約束が蘇る。「助けてくれたお礼に、いつか君を僕の故郷へ連れていこう。僕の故郷はとても寒いところでね、今の季節は辺り一面雪になるんだ」。遠く離れていく列車を見つめながら、千代子はいつか必ず彼に会いに行こう、そして約束を果たそうと心に決める。

 その後の千代子の人生は、青年を追うことに費やされる。映画界に入ったのも、このことがきっかけだ。満州でロケをする映画に出演を依頼されたのだ。彼の故郷は寒いところ、それは即ち満州ではないかと千代子は考えたのだ。奇しくもそのデビュー作で彼女が演じたのは、思い慕う男性を追って大陸へ渡る少女の役だった。

 満州で青年を見つけられず失意の千代子をよそに、女優藤原千代子は一躍スターダムに躍り出て、次から次へと映画に出演する。幕末の京都を舞台にした時代劇では、新撰組に追われる「彼」を逃がす町娘の役。戦国時代を舞台にしたアクション映画では、敵に捕らわれた「彼」を助けるためにくの一に身をやつす某国の姫の役。千代子が演じるのはいつも、一人の男性を追いかける女の子の役だ。千代子の演じる役と千代子自身の人生が重なり、溶け合い、映画『千年女優』は浮遊感と疾走感を帯び始める。

 太平洋戦争は終わり、戦後の復興に伴って映画界は黄金期を迎える。千代子は中年と呼ぶべき年齢に差し掛かった。初めて彼に会ったあの日から、もう何十年も過ぎている。その間に千代子は幾度となく涙を流し、苦しんできた。それでもなお、千代子は「彼に会いたい」という気持ちを失わない。

 映画中盤、千代子は叫ぶ。「こうしている間にも私はあの人のことをどんどん好きになっていく。毎日毎日、私はあの人のことをどんどん好きになる!」。

 人を好きになることに理由などなく、「好きだから好きなんだ!」ということしかない。『千年女優』の素晴らしい点は、限界ギリギリまでスピードをあげたメタフィクションという手法で、人を好きになる気持ちそのものを観客に伝えきってしまうところだ。「一目会っただけの人を何十年も好きでいるなんてウソだ」などという突っ込みを抱くどころか、過剰な設定がむしろ清々しさを生んでいる。


 最後に出演した映画で千代子が演じたのは、「彼」を追って何十光年もはるか彼方に向けて旅立つ女性宇宙飛行士の役だった。1度出発したら2度と帰ってくることのない旅。だが、彼女の顔は笑っている。「今度こそ彼に会える」という期待を胸に、千代子を乗せたロケットは地上から切り離される。

 ところで、肝心のあの青年がその後一体どうなったのか。実はラストシーン近くで、答えは明かされるのだ。千代子はその答えを知らない。そしてこの答えをどう思うかは、観る者によって違うだろう。

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