“RE-MASTER”ではなく
“RE-BIRTH”と呼ぶべき!

 更新ペースが滞りがちですが、ビートルズの話、まだまだ続いています。

 前回の記事の冒頭で、先月発売されたデジタル・リマスター盤が売れている、と書いたけれど、その後調べてみたら発売後わずか1週間で出荷枚数は計200万枚に達していたそうである。ちなみにこれは日本国内だけの話。

 CD不況といわれるなかで、しかも解散後40年経ったグループが、これほどの人気を集めているのは驚異的の一語に尽きる。発売後1ヶ月経った今、どこまで記録が伸びているのかはわからないが、今回のリマスター化が30代以下の若い世代、「ビートルズを聴いてみたかったけどきっかけがなかった」、そんな“潜在的リスナー”を掘り起こしているのは間違いないだろう。50代以上のビートルズ・リアルタイム世代だけではこれほど人気が広がらないはずだ。実際、僕の身の回りにも徐々にリマスター盤購入者が現れ始めた気がする。

 そんな嬉しい兆しを受けてこうしてビートルズの話を延々と続けているわけだが、実を言うと僕は今回のデジタル・リマスター化そのものに関しては消極的というか、関心が薄かった。「デジタル」「リマスター」、大仰な枕詞をつけたところで、それほど差はないだろうというのが本音だった。雑誌やネットではかなり前から熱のこもった報道がされていたけれど、僕にとってはビートルズ関連の一つのイベント、というくらいの認識でしかなかったのだ。

 「実際に聴いてみるまではわからない」。ちょっとした猜疑心を抱いたまま迎えた発売初日の9月9日。重い曇天の下、僕はレコードショップに足を運び、試聴コーナーのヘッドフォンを耳に当てた。

 「・・・・・・」

 絶句、である。僕が聴いたのは<I saw her standing there>、<HELP!>、そして<TAXMAN>の3曲。だがどれも僕の知っているビートルズではない。まるで別の曲だ。何だこの“近さ”は!目を閉じれば、手が届きそうなほどの近さで4人の姿が像を結ぶ。試聴コーナーの前で僕はただただ言葉を失って、固まってしまった。

 どこがどう違うのかと問われれば、音の分離がよくなった、低音部がよりクリアになった、そのような細部の違いを挙げるしかない。だがそのような物理的な変化をいくら指摘しても意味はない。トータルとして違うのだ。これはもう新しい曲、新しいビートルズだ。

 何を大袈裟なことを、と思われるかもしれない。だが機会があれば旧盤とリマスター盤を聴き比べてもらいたい。<HELP!>冒頭の3声コーラス部分「ヘォプ!」だけでも聴けば僕の言う意味がわかってもらえるはずだ。結局僕はその日、試しに店頭を覗いてみるだけのつもりだったのに、気付けば大枚をはたいてステレオボックスを購入してしまった。「それほど差はないだろう」などと嘯いていた気持ちはどこへやら、なのである。

 もっとも、いくら「違う!新しい!」と言ったところで、今回初めてビートルズを買う人にとってはどうでもいいことだろう。旧盤を聴き込んでいるかそうでないかによって、リマスター盤の持つ意味は変わってくるはずだ。

 今回のリマスターによって音質は格段に向上した。楽器の音一つひとつ、ボーカルの一声ひと声がよりクリアになった。特に初期4枚に関しては初めてステレオになったことで、空間の広がりと音の厚みはこれまでとは全く異なっている。

 しかし、繰り返しになるが、そういった細部の変化をもって「違う」と言っているわけではない。

 以前も書いたように、ビートルズの最大の魅力は一曲一曲に込められた音楽性の豊かさだ。もう少し平たく言えば、例えばコーラスの美しさであったり、ギター・ベース・ドラムに止まらない多彩な楽器の使用であったりといった、アバンギャルドな実験精神と絶妙なアレンジワークである。

 そういったビートルズの業と才能の数々が、リマスターされたことでこれまでよりもはっきりとわかるようになったのである。単なる音質の向上を超えていると書いたのはこの点だ。リンゴの愛嬌たっぷりの手クセ、ジョンの艶のある声とジョージのねっとりと絡みつくコーラス、ポールの異様にメロディアスなベース。一つひとつの音の輪郭が鮮やかに磨き抜かれた結果、4人が内包していた才能がいかに巨大であったかが、改めて眼前に提示されたのである。

 デジタル・リマスター盤の最大の目玉は、前述の初期4枚(『PLEASE PLEASE ME』〜『BEATLES FOR SALE』)の初のステレオ化だろう。<IT WON’T BE LONG>、<PLEASE MR.POSTMAN>、<YOU CAN’T DO THAT>。挙げたらキリがないが、ジョン・ポール・ジョージの声が全方位から(本当は左右2箇所だけど)迫り来るかのような広がりと重さは、単にひと塊だった音が左右に振り分けられたという以上の充実感がある。

 そして、ステレオになったことで音の分離がシャープになり、その結果(信じられないことだが)今まで聴こえていなかった楽器の存在に気付くという、新たな発見もあった。

 例えば4枚目『BEATLES FOR SALE』の1曲目<No Reply>。1分3秒過ぎから始まるコーラス部分のバックに、リズムを刻むピアノの音が入っている。僕はステレオ版を聴くまでここにピアノが入っていることになど気が付かなかった。改めてモノラル版を聴いてみると確かにピアノの音は確認できるのだが、おそらくステレオ(リマスター)を聴かなければ気付かなかっただろう。

 強調したいのは、これは何も見つけようとして見つけたマニア的発見ではなく、ボーッと聴いていたら気付いたものだということだ。もっと細かいものまで含めればこのような新発見はいくらでもあるし、おそらくまだ気付いていないものもあるだろう。

 デジタル・リマスターという作業は音質の改良というレベルを超えて、ビートルズの音の世界に眠っていた新たな鉱脈を呼び起こしたようだ。僕らファンは聴くごとに何かしら新たな発見を見出すことができるし、そのたびに曲が隠し持っていた表情が開陳されるのである。旧盤とリマスター盤がトータルとして違うということが、なんとなく伝わるだろうか。だから僕は“RE-MASTER”ではなく、“RE-BIRTH”と呼ぶのが相応しいんじゃないかと思う。


聴き比べてみてください。コーラス部分のバックに入るピアノの音にも注目。
旧盤の<No Reply>

リマスターされた<No Reply>


※次回更新は10月12日(月)予定です

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