ホラー小説よりも怖い!
史上最悪の獣害事件のドキュメント

 「くまあらし」と読む。羆嵐とは、ヒグマが狩猟されると突如として天候が荒れ嵐が吹くという、狩人たちに古くから伝わる言い伝えのこと。

 この本は大正4年(1915年)の12月に北海道天塩山麓の六線沢で起きた、日本史上最悪の獣害事件といわれるヒグマ被害を題材にしている。

 雪深い原生林に生息していた一頭のヒグマが、冬眠の時期を逸し、飢えを満たすために突如人家を襲い始める。体長2.7メートル、体重383キロ。灯りはおろか火さえも恐れない獰猛な巨大生物は、わずか2日の間に6人の人間を食い殺した。

 警察は住人と協力して200名に及ぶ捜索隊を組織するものの、被害のあまりのすさまじさに恐慌状態に陥り、ヒグマを追い詰めるどころか、現場から遺体を回収することすらままならない。やがてヒグマはさらなる餌(つまり人)を求めて山を下りようとする。万策尽きた住人たちは一縷の望みを胸に、一人の老練な猟師に助けを求める。

 この本はとにかく怖い!ホラー小説でも何でもないのに、ひたすら怖い。巻末の解説で、脚本家の倉本聡がこの本を読んだ直後に電気の通わない富良野の山小屋で一晩を過ごす羽目になり、その晩はあまりに怖くて一睡もできなかったと書いていたけれど、よくわかる。僕などは蛍光灯のつく自宅で読んでいても怖かったもの。読み終わった日の夜は、絶対にありえないのに、窓ガラスを割ってヒグマが入ってきたらどうしようなどと考えて身震いしてしまった。

 恐怖の源は、これが実際に起きた事件であるという事実だ。さらに、出来事一つひとつを淡々と語る吉村昭独特のドライな文体が逆に臨場感を煽る。怖さを狙っていないからこそ、余計に怖いのである。

 吉村昭の作品は徹底した取材を基に書かれたドキュメンタリーでありながらも、しっかりとエンターテイメントとして成立しているところがすごい。例えば本ブログで以前紹介したこともある『破獄』は、一人の無期刑囚の収監と脱獄の記録をひたすら時系列に沿って詳細に書き留めたものだ。そこには感情描写も作者の主観もストイックなまでに削ぎ落とされている。それなのにページをめくる手は止まらないし、フィクションよりもむしろ感情移入してしまう。

 この『羆嵐』にしてもそうだ。記録の積み重ねに過ぎないものが、なぜこうもおもしろいのだろう。この本には自然小説、冒険譚、サスペンス、そして人間ドラマ。あらゆるエンターテイメントの、しかも上質の部分がぎっしりと詰まっている。こんなに贅沢でいいのだろか、という感じ。

 この本映画化しないかなあ。若い世代には受けないんだろうけど、絶対面白いと思うんだけどなあ。

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